授業づくりはまずコンセプトづくりから〜事例に学ぶコンセプトづくり
コンセプトがはっきりしている製品やサービスは,そうでない製品やサービスに比べて使い勝手が良いことが多いですよね。同じように授業でもコンセプトをはっきりさせると学生にとって様々な利点が生まれます。
- 授業コンセプトをはっきりさせると 「何のために学ぶのか」をイメージしやすくなります。 これにより学習内容と学習者の関連性(ARCSモデルのR)を見出しやすくなるので,学習意欲を喚起することにつながります。
- 選択科目のコンセプトがはっきりしていると 学生にとってその科目を選ぶか選ばないかを判断しやすいです。 これによりミスマッチを防ぐことにつながります。
- 授業コンセプトがはっきりしていると,その授業が成功したのか失敗したのかを評価する方針も定まりやすくなります。これにより授業改善の指針も明確になり,より成功しやすくなります。
- 授業コンセプトがはっきりしていると,授業全体に一貫性を持たせやすくなります。一貫した授業は学生の満足度を高めるのに役立ちます。
本記事では授業コンセプトをどのように考えるのかについて,事例を紹介しながら説明したいと思います。
授業コンセプトの基本構成要素
授業コンセプトにはどのような構成要素があるのでしょうか。私は次のように捉えています。
- 授業内容の範囲
- 教え方の方針やスタイル
- カリキュラムの中での授業の役割や位置付け
- どのような学生が対象なのか
- その学生にどうなってほしいのか
- 学習手段として何を使うのか
またこれらは互いに関連し合っています。とくにコンセプトに一貫性を持たせるためには,このレベルでもきちんとデザインしておく必要があります。
授業コンセプトづくりのケーススタディ〜コンピュータシステムの場合
では事例を紹介しながら授業コンセプトづくりをどのように行うのかを見ていきましょう。最初の事例はコンピュータシステムです。次のスライドのコンセプトの部分をていねいに説明します。
最初に決めたのは,カリキュラムの中での授業の役割や位置付け
コンピュータシステムのコンセプトづくりで最初に決めたのは,カリキュラムの中での授業の役割や位置付けです。
コンピュータシステムは,2013年度から施行したカリキュラムの改定でプログラミング言語処理系とオペレーティングシステムの2つの授業を統合した科目として開講することが決まりました。カリキュラム改定の議論を学科で進めていく中で,この2科目を統合しようと言い出したのは実は私です。統合する理由としては,本学の学生がプログラミング言語処理系やオペレーティングシステムを実務で開発する業務に就くことは情勢から見て稀だと判断し,2科目に渡って詳細を学習させるよりも,より普遍性の高い基礎の習得に絞り1科目に統合して,空いた時間で他の科目を学ばせるようにしたほうがベターだろうと考えたからです。
また,コンピュータシステムには,より高次な後続科目群(VLSI系/組込みシステム系/ソフトウェア工学系)への知的好奇心を喚起するというカリキュラム上の役割も期待されていました。
2番目に決めたのは,どのような学生が対象なのかと学生にどうなってほしいのか
次に決めたのは,本学の学生の現状を踏まえて,どのような学生が対象なのかとその学生にどうなってほしいのかを決めました。
北九州市立大学のポジションは,古くから地域に根ざした公立大学です。入学試験の偏差値はちょうど平均値(50)前後で,センター試験も一通り課すことから,良くも悪くも得意不得意がはっきり分化していない平均的な学生が多いのが特徴の1つです。
このような特徴のない学生は現行の就職活動では不利です。そのため,学生たちが自分の得意なことを見出してほしいという思いがあります。
入学前のプログラミング経験についてアンケートを毎年実施していますが,高校以前からプログラミングを行っていたという学生は1学年70名の中で1〜5名程度であることが多いです。ほとんどの学生は大学に入学して初めてプログラミングを経験します。
一方で,今までの卒業生に目を向けると,情報学科出身なのにプログラミングが苦手,さらには嫌いになって卒業する学生も少なからず存在します。こういうプログラミング苦手意識を克服してあげたいという思いもあります。
そしてコンピュータや情報に関連する技術や社会環境は急速に進化しています。一旦学んだら終わりではなく,常に学び続ける姿勢が必要です。学生たちに自ら学ぶ力を習得させたいという思いもあります。
技術や社会環境は急速に進化するので,陳腐化も早くなってしまいます.そのような状況では,一旦学んだら終わりではなく,常に学び続ける姿勢を身につけることが求められます.また,整備された教材が常に用意されているとは限りません.適切な指導者もいないかもしれません.いつかは独り立ちしなければならない,それが宿命です.私たちは,教材がなく指導者がいない状態でも,自力で学び続けることができるように学生を育て上げます.
もちろん授業で学ぶ知識も大事ですが,それ以上に強い知的好奇心と学習意欲を持ってほしいという思いもあります。この思いは前述のカリキュラム上求められる役割と合致します。
3番目に決めたのは,学習手段として何を使うのか
コンピュータシステムの前身の1つであるプログラミング言語処理系の授業は,私が担当していました。プログラミング言語処理系は私が初めて15週分の全ての授業を新規開講した科目であり,教材設計マニュアルを見ながらインストラクショナル・デザインに取り組んだ最初の授業でもあります。教材設計マニュアルに書かれていることを「真に受けて」講義をせず自習教材で全て完結するようにしました。当然のことながら,プログラミング言語処理系の自習教材を資産として有効に再利用しようと考えていました。
また,学習環境として大学が Moodle という学習管理システム(LMS)を用意しており,学生たちは学習管理システムを使っての授業に慣れていました。私は Moodle に飽き足らず,独自に Canvas という学習管理システムを試験的に導入していましたので,コンピュータシステムでも既にある Canvas を利用しようと考えました。
教室としては PC を使える演習室や,電子回路実験のための広い作業卓のある教室などがあり,授業の特性に合わせてこれらを使い分けることができました。後者はグループワークにも適していることを経験していました。
学生たちのほぼ全員が入学を機に自分用のPCやスマートフォンを所有しており,自宅やモバイルのインターネット環境も持っています。
4番目に決めたのは,教え方の方針やスタイル
まとめるとコンピュータシステムでは次の条件が整っていました。
- 自ら学ぶ力を習得させたいという思いが強い
- 大学と自宅両方で十分なICT環境が整っている
- 学習管理システムを前提にできる
- 自習用の教材資産もある程度保有している
以上から,アクティブ・ラーニングや反転授業を全面的に導入する方針を決めたのは自然なことでした。さらに,私には既に別の授業でアクティブ・ラーニングや反転授業を導入した経験もあることも後押ししました。
最後に決めたのは,授業内容の範囲
授業内容を基礎に絞ることは,カリキュラム上求められていただけでなく,深く学ばせるのに適するが講義よりも学習時間が多くかかるアクティブ・ラーニングの特性からも必要な施策でした。
一方でコンピュータの動作原理について直観的に理解させることを最初の授業内容として加えることにしました。理由はコンピュータの動作原理の理解が,プログラミング言語処理系やオペレーティングシステムの原理を理解するのに役立つからだけではありません。プログラミングが苦手な学生を観察すると,コンピュータがプログラムをどのように実行するのかが思い描けていないためデバッグに支障をきたしている光景が多く見られたので,コンピュータの動作原理を直観的に理解させることでプログラミング苦手意識の克服にもつながると考えたからでもあります。
これらの考察を踏まえ,コンピュータシステムの授業内容の範囲を絞り込みました。
まとめ
本記事では,授業コンセプトをどのように決めていくか,コンピュータシステムの事例を交えながら説明しました。コンセプトを明確化したことで,授業の設計や評価の方針がぶれなくなることを今後の別記事で紹介していこうと思います。ご期待ください。
「魂は隅々まで宿らせるべきである」は,授業についても言えることです。インストラクショナル・デザインは教育に魂を込めるための技術だと思います。
コメント等は以下にお願いします。