新時代の授業スタイル「反転授業」と「アクティブ・ラーニング」を失敗なく組み合わせるには
今,話題の授業スタイルと言えば,反転授業(flipped classroom)とアクティブ・ラーニング(active learning)です。これらの授業スタイルを採用しようとしている教師や教育機関は,とても多いのではないでしょうか。私も反転授業やアクティブ・ラーニングを実践して大きな可能性を実感しています。また私の授業実践のブログやSNSでの発信にも日々コメントや質問,相談等が寄せられており,反転授業やアクティブ・ラーニングに対する社会的な関心の高さも実感しているところです。
さて,それぞれ効果が高いのであれば,反転授業とアクティブ・ラーニング両方組み合わせればさらに効果的な授業スタイルになるのではないかと思うのは,ごく自然な発想であります。私もそのようにごく自然に考え,「ソフトウェア工学概論」や「コンピュータシステム」といった授業科目で反転授業とアクティブ・ラーニングの両方を取り入れた授業実践をしました。
一方,反転授業研究の第一人者である東京大学の山内祐平先生は,2015年2月に関西大学で開かれたAPシンポジウムの講演にて「反転授業とアクティブ・ラーニングを組み合わせるのは難しい」と発言して波紋が広がりました。山内先生は自ら実践されているだけでなく,世界中の反転授業やアクティブ・ラーニングの実践事例も研究されています。その山内先生が「難しい」とおっしゃるのです。
私は山内先生の発言を実はやや意外に思いました。私の授業実践では反転授業とアクティブ・ラーニングをごく自然に組み合わせることができていたからです。たしかに多少工夫が必要な点はありましたが,大きな問題を感じた覚えはありませんでした。APシンポジウムにて山内先生に質問してみたところ「APシンポジウムで授業実践事例を発表するような人たちなら問題なく組み合わせられますよ」「実践経験が浅い人が安易に組み合わせるとまず失敗するので警鐘を鳴らしたのです」と笑いながらおっしゃっていました。
私はうまく組み合わせられたのだけど,それはどうやら経験を積んで得られた何らかの秘訣があったようだと気づきました。そこで,その秘訣が何だったのかを考察してみることにしました。
秘訣その1: 学習目標や合格基準を最初から高く設定しなかった
東京大学の山内祐平先生は,反転授業を完全習得学習型と高次能力育成型に分類しています。それぞれを私なりに定義してみました。
- 完全習得学習型: 元々の学習目標や合格基準は変えず,学習者のほぼ全員が学習目標を達成し合格することを目指す。
- 高次能力育成型: 元々の学習目標を早い段階で達成させ,空いた授業時間を使って創造力や協調能力などのより高い能力の獲得を目指す。
先に完全習得学習型の反転授業が確立されていたとしましょう。この場合は,事前学習で動画やテキストを用いて授業相当分を学習した後,授業時には学習者の学力に合わせた応用演習問題を解くことが中心的なアクティビティとなります。完全習得学習型の反転授業のスタイルを中心に据えた場合には,わざわざアクティブ・ラーニングの要素を採り入れる必然性はありません。山内先生は,このタイプで反転授業とアクティブ・ラーニングを組み合わせることはないだろうと考えたようです。
したがって山内先生の考えでは,反転授業にアクティブ・ラーニングを採り入れるならば,基本的に高次能力育成型の場合であるということなのでしょう。それならば山内先生の主張は納得です。高次能力育成型の反転授業は元々の学習目標より高い目標を目指しているので難しいです。
一方,私の授業実践事例では,学習成果そのものに求める学習目標や合格基準は変えていないので,完全習得学習型に近いと考えられます。学習目標や合格基準を最初から高く設定しなおさなかったので,無理なく導入できたと考えられます。
なお,学習成果そのものに求める学習目標や合格基準は変えていないのですが,主体的・能動的な学習態度を求める学習目標を追加しています。そもそも私が「ソフトウェア工学概論」や「コンピュータシステム」にアクティブ・ラーニングを採用したのは,学生たちに自ら学ぶ力を習得させたいという思いからでしたので,必然的に主体的・能動的な学習態度を求めることになります。
技術や社会環境は急速に進化するので,陳腐化も早くなってしまいます.そのような状況では,一旦学んだら終わりではなく,常に学び続ける姿勢を身につけることが求められます.また,整備された教材が常に用意されているとは限りません.適切な指導者もいないかもしれません.いつかは独り立ちしなければならない,それが宿命です.私たちは,教材がなく指導者がいない状態でも,自力で学び続けることができるように学生を育て上げます.
秘訣その2: アクティブ・ラーニングを主,反転授業を従とした
さて,私の授業実践事例は完全習得学習型でアクティブ・ラーニングを採用したものでした。しかし前述のように完全習得学習型の反転授業のスタイルを中心に据えた場合には,わざわざアクティブ・ラーニングの要素を採り入れる必然性はありません。 私の授業実践事例はナンセンスだったのでしょうか?
実はアクティブ・ラーニングを主に考えると,反転授業と組み合わせることに必然性があります。アクティブ・ラーニングは,深く学ばせることはできるのですが,反面必要なアクティビティのための時間を確保する必要があるので,1つの学習項目に必要な授業時間が長くなってしまいます。そこで,知識獲得を反転授業スタイルにして事前に学習させることで,授業中にアクティブ・ラーニングのアクティビティを行う時間を確保します。このようにアクティブ・ラーニングを中核に据え,知識獲得手段として一部反転授業スタイルを採用するという考え方に基づいてデザインしました。
「ソフトウェア工学概論」では,最終的な目標を自らの関心事に基づいて研究するというアクティブ・ラーニングの達成を目指しました。そして2部構成にして第1部を反転授業スタイルを採用した知識獲得フェーズとしました。
「コンピュータシステム」では,主体的・能動的な学習スタイルを身につけることを最終的な目標の1つとし,最初は専用の教材を充実させてていねいに足場作り(scaffolding)をして,徐々に足場を外して(fading)自立させていくという構成を採用しました。足場作りで動画を用いた反転授業スタイルを採用しています。
私はこのように事例を組み立てて成功させました。もしかするとアクティブ・ラーニングを主,反転授業を従とすれば導入しやすいのかもしれません。
秘訣その3: 授業設計に慣れていた
私は長年インストラクショナル・デザインに取り組んでおり,講義に頼らない自習教材を中心とした授業づくりをしていました。そのため,次のアドバンテージがありました。
- 学習目標を適切に定義できていました。 授業のみならず,事前・事後学習も適切に設計していました。
- 教材資産を豊富に確保していました。 学習目標にあわせて開発した自作教材を資産として保有していました。それに加えて学習目標を定義していたことにより既存の教材も適切に選ぶことができました。
教師が最初に読むべきインストラクショナル・デザインの本は「教材設計マニュアル」です。これを読んで教材作りにいそしみましょう。それが反転授業とアクティブ・ラーニングを成功させる秘訣です。
秘訣その4: ワークショップに慣れていた
私はファシリテーションやフューチャーセンターに興味を持ち,学生や社会人を交えたワークショップを実施した経験を多く持ちました。そのため,インストラクショナル・デザインの経験と合わせて次のようなアドバンテージがありました。
- 学習目標を踏まえてワークショップを適切にデザインすることができました。 授業の目的にあったワークショップを定義・実施することができました。
- ワークショップの段取りやファシリテーションのコツをワークショップ参加者に伝えることができました。 授業でワークショップを行う場合には,教師自身が直接ファシリテーターとならない場合がほとんどです。したがって参加者である学生が自力でワークショップを運営することになります。その場合でも,私がワークショップ/ファシリテーションとインストラクショナル・デザイン両方の経験を持っていたので,参加者に適切なインストラクションを与えることができました。
ファシリテーションについてどの書籍から手をつければいいかは,下記のブログ記事を参照ください。
また,こちらの動画シリーズも大いに参考になります。
秘訣その5: 試行錯誤を繰り返し最善を尽くした
もしかするとこれが一番大事なポイントかもしれません。常に学生のことをよく観察し,自分の頭で仮説やデザインを考え,あれこれ工夫して試行錯誤を繰り返し,結果をふりかえって次の実践に備えていました。
そのような努力をすることなく,ただ言われるままに反転授業やアクティブ・ラーニングを採り入れてもうまくいくはずがありません。教師自身が主体的に教育改善に取り組むことが成功につながると私は考えます。
おわりに
私が反転授業とアクティブ・ラーニングをうまく組み合わせられたのは次の5つの秘訣を押さえていたからだと分析しました。
- 学習目標や合格基準を最初から高く設定しなかった
- アクティブ・ラーニングを主,反転授業を従とした
- 授業設計に慣れていた
- ワークショップに慣れていた
- 試行錯誤を繰り返し最善を尽くした
もちろん,これらが反転授業とアクティブ・ラーニングの併用を成功させる必要十分条件ではないでしょう。あくまで私自身の経験をふりかえって立案した仮説にすぎません。しかし,これらの秘訣はヒントにはなるのではないかと思います。