山崎進研究室のひみつ〜個性に合わせた長所を伸ばす研究指導
自慢しますが,しばしば「山崎先生の研究室の学生は元気ですね」と言われます。何せ,指導教員である私が放っておいても,研究室の学生たちが勝手に自主的な勉強会を始めてくれるのですからね。細々としたスケジュールの管理や,一字一句論文・プレゼンテーションの添削をする必要もありません。こうなると,正直言って研究室の運営はとても楽です。何より学生たちの目が生き生きしています。「どうしたらこのような学生を育てられるのですか?」とみなが聞きたくなるのも無理ないと思います。今回は,秘伝中の秘伝,私の研究室運営のひみつについて説明したいと思います。
大前提〜学生の可能性を信じる
私の研究指導で最も大事にしているのは「学生の可能性を信じること」です。これは大前提です。
教育の世界ではピグマリオン効果「教師が可能性があると信じた生徒の成績は伸びる」という定説が言われています。この定説については,本当にそうなのかどうか議論が多々あるのは事実です。しかし,私の研究指導では,この定説を前提として採用しています。
私のビジョンでは「個性に合わせた長所を伸ばす教育」という理想像を掲げています。どんな学生にも潜在的な才能は存在する。 教師自らがそう信じることが一番大事な出発点です。
教育のゴール〜自ら学ぶ力を習得させる
もう1つ大事なことは「学生はいつかは卒業する」という前提です。これから言えることは,学生はいずれ独り立ちしなくてはならないということです。
【要約】: 技術や社会環境は急速に進化するので,陳腐化も早くなってしまいます。そのような状況では,一旦学んだら終わりではなく,常に学び続ける姿勢を身につけることが求められます。また,整備された教材が常に用意されているとは限りません。適切な指導者もいないかもしれません。いつかは独り立ちしなければならない,それが宿命です。私たちは,教材がなく指導者がいない状態でも,自力で学び続けることができるように学生を育て上げます。
学生は教師の道具ではない
私が研究室運営でこだわる点は,学生に教師の研究の下働きをさせたくないという決意です。学生は教師の道具ではありません。学生自身が納得して研究テーマを決めるべきです。
もちろん,私の職務としての研究や教育の助けになるようなことを学生が取り組む場合もあります。その場合でも,まず学生本人がどういう方向性の研究や能力開発をしたいかを見出すのが先決です。その後で,もし学生にとっても教師にとっても利になるようなことがあるならば,教師から学生に提案します。けっして命令ではなく!!
VSSに基づく研究室運営
では私の研究室運営について説明します。基本は,学生と面談を繰り返し,VSS: ビジョン・スタイル・シナリオを形成していきます。VSS については次の書籍を参照ください。早稲田大学のラグビーの元監督の中竹竜二さんの秘伝が紹介されています。
この本で紹介されているエピソードを交えながら,VSS の考え方について紹介していきます。パスがどうしても苦手な選手がいました。どれだけ練習してもパスが上手くなりません。しかし中竹氏はその選手がずっと走り続けられることに着目して,ある作戦を思いつきます。その選手に,ボールを持った選手の後ろにずっとついて走るように提案しました。ただし,そのパスが苦手な選手にはパスを回さないという作戦をチーム内で共有します。その作戦を知らない相手チームの選手は,そのパスの苦手な選手をマークするための戦力を割かねばなりません。一見弱みに見える「パスが苦手」という個性をスタイルとして認識し,そのスタイルを最大限生かす作戦=ビジョンを持たせることで,個性を発揮することができるようになります。
VSS を支える強みの診断〜ストレングス・ファインダー
この例からもわかるとおり,VSSの中で最も重要なのがスタイルです。私はスタイルを見抜くためのツールがないか探し求めました。その結果,最終的にたどり着いたのが,次の書籍です。
この本にはストレングス・ファインダーというウェブ上の診断ツールの利用権がついています。ストレングス・ファインダーにアクセスし,心理学に基づいた結構な数の設問に答えると,5つの強みが診断されるという仕組みです。私はこの5つの強みから想像を広げ,ビジョンである学生の研究テーマや将来の仕事を着想します。 (このようなスタイルは,私が着想という強みを持っているからこそのアプローチかもしれません。)
ストレングス・ファインダーを使う上で注意すべき点がいくつかあります。
- ストレングス・ファインダーはあくまで心理テストに過ぎないので,強みだと診断されたからと言って,本当にその能力が身についているというわけではありません。せいぜい,その強みに示される思考の様式であるとか,その考え方が好きだということを示しているのに過ぎません。しかし,その方向を信じて1万時間くらいかけて能力開発に専念すれば,才能を開花させることができるでしょう。もちろん一つのことに1万時間かけることができれば誰でもプロフェッショナルになれるのが定説ですが,ストレングス・ファインダーで見出した強みの方向性であれば,1万時間かけるのが苦にならないと考えられます。
- ストレングス・ファインダーで現れる強みについては,けっして名称の語感だけで早とちりせず,よく説明を読んでください。たとえば「戦略性」という強みがあります。この語感からは,さも戦略構想を練り上げて目標に邁進し成し遂げるような偉大な才能を期待するかもしれません。しかし,戦略性の説明をよく読むと,この強みは「多くの事項の中から本当に必要なことを取捨選択する能力」というような説明がされています。これは語感から受ける印象とはだいぶ違う能力ではないでしょうか。
- ストレングス・ファインダーに現れなかったからといって,その才能に恵まれていないと即決し悲観するのは待ってください。もしかすると,持っている他の強みを組み合わせると,その方向の仕事を成し遂げるための別の独自のアプローチがあるかもしれません。
このアプローチで捨てていること
このアプローチにも欠点があります。残念ながらこのアプローチで取り組む限り,学生主体で一流の論文誌や国際会議で発表できる研究水準を定常的に維持するのは困難です。そのため教師が研究業績面で遅れることになるでしょう。(よほど学生の素養に恵まれれば可能性はあるかもしれませんが。)
私はポリシーを貫くため,学生に一流の論文誌や国際会議で発表してもらうという思惑を捨てました。
おわりに
今回は VSS に基づく研究室運営について説明しました。このアプローチを採用することにより,学生が研究テーマを自分自身の問題として捉えることができるようになるので,自然と主体的に研究に励むことになります。研究室が一度主体的な雰囲気に包まれれば,しめたものです。学生たちが勝手に自主的な勉強会を始める日は近いです。
もちろんこのアプローチは万能ではありません。しかし,何かに集中すれば他が疎かになるのは必定です。最終的には教師自身にVSSの考え方を当てはめ,教師のポリシーとスタイルに合った研究室運営スタイルを編み出すことが求められるのではないでしょうか。