AI時代における高等教育のあり方についての一考察
ChatGPTなどの最近のAI技術を踏まえて,2023年度は成績評価の方法を一新しました.本記事ではその考え方について示します.
成績評価方法を改めた背景
ChatGPTの登場により,従来通りのレポート課題を課した場合,レポート課題に記述されていることが,学習者である学生のオリジナルの考察に基づいたものなのか,それともChatGPT等の回答をそのまま書き写しただけなのかが,容易に判別できないと考えられるため,レポート課題をそのまま成績評価に用いたのでは,何を評価しているのかが全くわからなくなってしまう危惧を抱きました.
今まででも,例えば昨年度のある授業で顕著だったのですが,授業で学んだことを踏まえずに,安易にネットで検索した誤った記述をもとにしたレポート課題が頻発していたため,何らかの対策が必要であると考えていました.
2023年度の成績評価方法の方針
基本的に私,山崎進が成績主担当である授業科目については,後述する一部の例外を除き,成績評価方法としてレポート課題を採用することを全面的に廃止しました.代わりに,試験,すなわち中間試験と期末試験というようなペーパーテストを課すことにしました.
持ち込み可能なものとしては,紙でできたノート,紙でできた辞書もしくは通信機能のない電子辞書としました.PCやスマートフォン等は,時計,電卓,辞書としての利用であっても,禁止としました.
大学院科目については,試験問題を英語で出題し,Google翻訳による日本語訳を添付することとしました.Google翻訳による誤訳はあえてそのまま記載することとしています.英語での出題内容と日本語訳が矛盾する場合には,英語での表記を優先するとしました.Google翻訳を採用した理由については後述します.
以上を授業の第1回のオリエンテーションでシラバスとともに明示しました.シラバスとオリエンテーションでの説明は,学生と授業担当教員の間の,授業のおける最も重要な契約合意事項でありルールでもあります.
オリエンテーションで示した,この方針に対する学生の質問としては,「PCに書いたノート等をプリントアウトした紙を持ち込むことは可能か?」という質問がありました.それについては許可した上で,ノートに貼り付けて自分の考察や授業内容などを付記するようにすると,より良いノートになると助言しました.
高等教育におけるAI技術の位置付けについての一考察
基本的なスタンスとして,AIによって導かれた情報については,鵜呑みにすることをしないということが肝要だと考えています.すなわち,AIによって導かれた情報を適用する場合には,正しいことを立証した上で適用するべきですし,AIによって導かれた情報が誤っていると感じた場合には,反例を示し,よりもっともらしい仮説を提案する必要があると考えています.
したがって,高等教育においては,授業でAIの利用をただ禁止するのではなく,上記のようなプロセスを経た上で,正しくAIを利用する方法について,授業の中で例示していくことが必要であると考えました.
もちろんその中で,倫理や秘密保持などの観点でやってはいけないことについても,折に触れて例示していくことも必要であると考えています.
また,前述のように,試験の時にはAIには頼れないこともオリエンテーションで明示しています.将棋では,試合を行なっていない時には,AIを用いてシミュレーションをいくら追求しても良いが,試合を行なっている最中には一切AIに触れてはいけない,というようなルールであると私は解釈しています.その考え方に準じて,試験前には例えば,どのような試験問題が出題される可能性があるのかをChatGPTに何度でも尋ねてシミュレーションしても良いのではないかと思います.前述のようにプリントアウトしてノートに貼り付けても良いわけですから,そのようなChatGPTの出力結果とそれに対する自分の考察をノートにしても良いでしょう.しかし試験中にChatGPTに新たに尋ねることはできない,というような仕組みにしました.もちろん,前述のように,ノートに貼り付けたChatGPTの出力結果をただ鵜呑みにして試験の解答とするのだとしたら,それはかなり高い確率で題意を正確には満たせていないことが多いでしょうし,内容の正確性の保証もありません.出題側としては,学生がノートに貼り付けるであろうChatGPTの解答そのままで通用しないような作題を要求されるというわけですから,これは将棋にも勝る真剣勝負です.
試験問題の中には,Google翻訳やDeepL,ChatGPTなどの出力結果や,ネットでの検索結果なども,考察材料として付記することも考えています.成績評価の対象としたいのは,AIの出力結果を含む「素材」を熟読した上での,学習者である学生本人の,確実にオリジナルである,考察そのものです.そこにAIによる介入を許すような成績評価方法を用いるべきではないと思うわけです.
ちなみに私,山崎進個人の考え方としては,AI利用を初等教育や中等教育で行うことについては無原則に賛成するつもりはなく,むしろ慎重にすべきであるという立場です.その主な理由としては,初等教育や中等教育の対象となる児童や生徒は,高等教育の対象となる大学生と比べて平均的には,より未成熟な存在であるからです.大学生であっても未成熟な存在である部分はあるので,前述のように,未成熟ゆえに過ちを犯しそうな要素を取り除くために,原則的にレポート課題による成績評価を廃止するという決断に至りました.初等教育や中等教育でAIを利用する場合にも,無原則に用いるのではなく,適切なルールを設定する必要があろうかと思います.
本方針を適用できない授業科目について
まだ思案しているのは,初年次の基礎的なプログラミング演習をどのように成績評価するのが妥当であるかについてです.初年次に行われる基礎的なプログラミング演習のプログラミング課題について,ChatGPTに問い合わせると,ほとんどの場合で瞬時に正解が得られることが確認できています.しかも,人の手によるものなのか,AIが生成したものなのかを区別することは極めて困難です.2023年4月現在においてはまだ,私,山崎進は,この場合に妥当な成績評価方法を見出すことができていません.
この問題は,初等教育の算数において,電卓を用いれば瞬時に正解が得られるにもかかわらず,わざわざ四則演算の方法を教えることと,とてもよく似ている問題なのだと捉えています.
今のところは,学生の健全な倫理観・学習観に訴える以外の有効な方法を見出せていません.
英日翻訳の方法として,Google翻訳を採用した理由
英日翻訳の方法として,Google翻訳を採用した理由ですが,2023年4月現在においては,Google翻訳であれば,機械翻訳がうまく翻訳できない場合に,人間がきちんと読めば,どの箇所が機械翻訳でうまく翻訳できないかを察知しやすいためです.これがDeepLでは,一見,自然な日本語訳が生成されてしまうので,誤訳に気付きにくく,ChatGPTに至っては,嘘も混じってしまう傾向にあるため,DeepLやChatGPTは学習者である大学生が利用するのに適切な機械翻訳の手段ではないと私,山崎進は感じました.
将来課題
以上については,2023年4月現在では,教育工学上の妥当な議論を経ていない,単なる仮説に過ぎません.教育工学を専門とされる先生方へのメッセージとしては,このブログ記事の考察を,さらにより妥当な成績評価方法や授業設計について議論を深める材料としていただけたら幸いです.
情報分野における教育工学を専門としていた私,山崎進自身が,そのような研究を行っても良いのかもしれませんが,今は別記事で示したように,研究テーマを大きく変更したため,授業に最低限必要なこと以外は,研究として優先的に取り組むべきことではないように感じている次第です.どうかご了承ください.