アクティブ・ラーニングの理想を実現せよ
文部科学省がアクティブ・ラーニングを全面的に取り入れることを表明して以来,アクティブ・ラーニングに対して賛成派/反対派それぞれ唱える人たちがたくさん現れています。議論が活性化するのはとてもいいことです! とはいえ,私から見たら誤解だろうと思う言説も中にはあります。
そこで,今回はアクティブ・ラーニングについて私の見解を語ってみようと思います。
アクティブ・ラーニングの定義
アクティブ・ラーニングの定義について,大きく分けて二通りの考え方があると思います。
- ビジョンとしてのアクティブ・ラーニング: 文字通り学習者が「主体的な学習」をしているという理想的な状態
- 教授方略としてのアクティブ・ラーニング: 学習者に主体的に学習させるためのさまざまな指導法
多くの人が教授方略としてのアクティブ・ラーニングで理解しているようです。しかし私はそもそもアクティブ・ラーニングはビジョンとして捉えるべきではないかと思っています。その理由は2013年に教育理念「自ら学ぶ力を習得させる」として述べました。
自ら学ぶ力を習得させる
技術や社会環境は急速に進化するので,陳腐化も早くなってしまいます。そのような状況では,一旦学んだら終わりではなく,常に学び続ける姿勢を身につけることが求められます。また,整備された教材が常に用意されているとは限りません。適切な指導者もいないかもしれません。いつかは独り立ちしなければならない,それが宿命です。私たちは,教材がなく指導者がいない状態でも,自力で学び続けることができるように学生を育て上げます。
「技術が急速に進化する」「知識がすぐに陳腐化する」という危機感は私が授業を担当しているソフトウェア分野だからこそ痛切に感じるものかもしれません。しかし,情報革命が進行し,コンピュータが日常に浸透した現代では,遅かれ早かれどの分野でもそうなるのではないでしょうか。
そうすると,アクティブ・ラーニングの実践で最も大切なことは溝上慎一先生の言う「教わる」から「学ぶ」へのトランジションをいかに起こすかです(参考記事: 「教わる」から「学ぶ」へのトランジション〜高校生向け大学体験ワークショップ)。逆に言うと,このトランジションを意識せずに教授方略としてのアクティブ・ラーニングにいくら取り組んでも,いわば魂が抜けている状態なので,思ったような効果を上げることができないんじゃないかと危惧します。
まずは,この問題意識を共有したいと思います。
私はアクティブ・ラーニング自体がビジョンであるとする立場であるので,主体的な学びに関する学習目標を授業科目に取り入れることは私にとってはごく自然です。また,トランジションは複数の科目で連携したほうがより起こしやすいので,もし私がカリキュラムやディプロマ・ポリシーを設計できる立場にあるならば,これらにもやはり主体的な学びに関する目標を取り入れるでしょう。こうしてみると,文部科学省がアクティブ・ラーニングを全面的に取り入れさせようとする動機もよく理解できます。
アクティブ・ラーニングの本質的な弱点
(教授方略としての)アクティブ・ラーニングの本質的な弱点は,1つの学習項目を習得するのに時間がかかることです。なぜならば,1つの学習項目について深く探究するからです。深く広く学べれば理想的ですが,限られた時間では「深く」をとるか「広く」をとるか,どうしてもトレードオフの関係になります。
そこで必要なのは学習内容の優先順位付けです。すなわち,これから教える授業科目について,何を学べばその授業科目の本質を理解したことになるかということについて,深く洞察する必要があるということです。私も担当科目についてそのような考察をしました。一例として「コンピュータシステム」では,原理や概念を理解するということについて何年もかけて考察と実践を続けました(参考記事「理系知識習得科目をどう教えるか〜概念と原理のディープラーニング」)。その考察を踏まえて,学習内容を見直し,基礎にフォーカスして詳細を省くということをしました。
このように学習範囲を縮小すると,学力が低下するのではないか?という疑念が当然起こります。それについての私の答えは次の通りです。確かに「教える」範囲は縮小します。しかし,もし本当に(ビジョンとしての)アクティブ・ラーニングの状態に到達しているならば,教わることなく自ら学ぶことができるようになっているはずです。そうであれば,あとは必要な機会と時間を与えれば,学力はむしろ向上するでしょう。
もちろん最初から学習者全員がアクティブ・ラーニングの状態に到達する理想的な状態になるとは限らないでしょうから,もしかすると一時的には学力が低下するかもしれません。しかし,そのリスクを受け入れないと,導入できないです。一般に新しいことを始めるには,何かを削らないとできないものです。そして時間もリソースも必要です。そういったことを無視して全面導入することは,きわめて無謀だと思います。
そういう点で,反転授業を全面導入した武雄市が,教育効果を検証した結果を正直に報告したことは,勇気ある行動であると賞賛すべきだと思いますし,また,今の時点では短絡的に「効果がなかった」と結論付けるべきではないと思っています。
アクティブ・ラーニングをどう評価するか
アクティブ・ラーニングはキャズムにさしかかっています。キャズムとはもともと溝を意味し,具体的には,新製品や新しいサービスに対し,技術やビジネス上の価値を認めて投資する先行ユーザー層と他社の実績を様子見する後発ユーザー層の間にあるマーケティング上の大きなギャップを指します。後発ユーザー層は評価を気にします。そのため,後発ユーザー層に普及していくには「アクティブ・ラーニングをどう評価するか」がカギとなります。
おそらくそういう文脈なのでしょう,「アクティブ・ラーニングをどう評価するか」という問題が提起されはじめています(たとえば「アクティブ・ラーニングをどう評価すべきか〜西岡加名恵氏に聞く」)。
この問題を考察したときに,アクティブ・ラーニングはビジョンだということを前提にすると,アクティブ・ラーニングの評価で最も大事なことは,いかに学習者が主体的に学ぶようになったかだということに思い至りました。もちろん学力面の評価も必要ですが,前述のように初期段階では一時的に学力が低下することもあるので,あまり学力の評価に一喜一憂しないほうが良さそうです。まずビジョンとしてのアクティブ・ラーニングがどのくらい浸透しているのかを測って改善を進めるのがいいのでしょう。
そうすると課題として「学習者が主体的に学んでいるかどうか」を評価する方法が確立されている必要があります。残念ながら私はアンケートくらいしか思いつきません。これから研究していきたいと思います。